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2009年8月 6日 (木)

広島

大田川の河畔に立つと、それは私の目にまっすぐに入ってきました。
そして、異様な それでいて馴染みのあるその姿は、私の脳裏にひとつの強い風を巻き起こします。

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去年の夏、私は広島に立っていました。
今まで何度か訪れる機会はあったものの、あえて踏み込むのを避けてきた地、それが広島でした。

しかし、日本人である以上いつかは、そこに行かなければならないと考えていました。
また、子供たちも「広島」の意味を理解できるほどに成長したいま、訪れるべき時が来たと感じ、ここに来たのです。

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大田川に沿って進んだ結果、原爆ドームに初めて対面したのは、その裏手からでした。

そこから見たその建物の表情は、こちらの思いとは違い、意外なほどに穏やか。
濃い緑の中に建つ廃屋、建築物としての使命を終え、朽ちる時が来るのを静かに待っているかのように見えたのです。

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しかし、その印象は正面に回ると一変し、そのことに心中で大いに驚いた私でした。

確かに原爆ドームは老いている。
しかしながら、まだ力の限りに咆哮している歴史の証人でした。

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63年前にここで何が起こり、何を後世に伝えなければならないのか。
この建物の瓦礫のひとつひとつが、意思を持ってそのメッセージを、訪れる人々に投げかけていました。

この歴史の証人の前では、普段はざわめく観光客も静かにその姿を記憶に焼付け、何も知らない子供たちになぜこの建物が原爆ドームと呼ばれているのか、潜めた声で教えているのでした。

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「原爆の子の像」は、この上空で炸裂した『リトル・ボーイ』と名付けられた新型爆弾、人類史上初の原子爆弾の光線を、永遠に受け止め続けるのでしょうか。

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8月6日を過ぎた広島は静かで、多くの観光客が穏やかに散策しています。
「あの時」の光景は、どのようなものだったのかは想像は出来ますが、その想像を遥かに超える現実が、ここにはあったのです。

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「あの時」から半世紀以上が経った今でも、広島は鎮魂の地です。
街を歩くと、その至る所に「魂よ、安らかなれ」の祈りが今も風化することなく捧げられています。
この事実は、日本人が今なお 正気を持ちながら 被爆という永遠に消すことの出来ない『人類の傷』を守り抜いている証拠を私に見せてくれました。

あれから一年が過ぎ、今日 64回目の「この日」が巡ってきました。
テレビを通して見る今日の平和祈念式典は、今まで見てきたそれと少し違う感慨を私に投げかけてきたのです。
その地に立ったという事実があることで、私も被爆というこの『人類の傷』を、自分の中に現実として吸収することが出来たのだ、と不意に強烈に気付きました。

そして、その思いは一緒に広島の地を踏んだ家族も、同じだったのでしょう。8時15分、皆黙ってテレビの前に集まり、静かに1分間の黙祷を捧げたのでした。

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