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2008年4月 4日 (金)

田丸城址

伊勢屋主人です。

拙宅の近くに「田丸城址」という史跡があります。
以前より、遠目にも立派な石垣が気になっていたのですが、なかなか訪れる機会がありませんでしたが、先日ちらほらとサクラが咲き出したのをきっかけに、行ってまいりましたよ。

田丸城は、伊勢自動車道 玉城インターから国道23号線に向かう途中に、その広壮な石垣を眺めることが出来ます。
非常に緻密な石垣なので、どのような歴史のある城かと思い調べてみましたら、その歴史の深さに驚いてしまいました (@o@)

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この田丸城が築かれたのは、なんと南北朝時代。1300年代ですから、いまからざっと700年も前のことです。
築城当時は、南朝の中心人物である北畠親房の居城であったとのことで、相当重要な拠点だったのでしょう。

1342年、足利尊氏の攻撃により落城しますが、室町時代に再建され、戦国時代には織田信長の次男である 織田信雄(のぶかつ)の居城となりました。
この時、三層の天守閣を備えたお城になったそうです。
今はその跡を残すのみですが、見てみたかったですねえ、田丸城の天守閣。

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この立派な石垣は、そういう歴史を持っているのですねえ。
いやいや、おみそれしました。道理で、石垣が立派なはずです。
こういう緻密なものは、なかなかありませんよ。

江戸時代に入ると、田丸領は紀州徳川家の所領となり、そのまま明治維新を迎えました。そして、明治維新の折に城の建造物は全て破壊されたそうです。
なぜ、そんなことになったのでしょうね。城=要塞であるから、反政府側が立て籠もったら厄介だと考えたのでしょうか。

建造物の文化的価値を省みず、敵対する可能性のあるものは全て破壊する。
こういう側面を持った明治維新は、やはり文化革命だったのだと、あらためて感じさせてくれる、この事実です。

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そんな歴史はあるものの、現在の田丸城は沢山のソメイヨシノが植えられており、のどかなものです。
城の中腹には玉城中学があり、元気な生徒たちの声がいつも響いているのが、なにやら楽しい気分にさせてくれるのです。

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ソメイヨシノも、かなりの大木が多いです。いつ頃、植えられたものでしょうね。

幹の太さを見ると、5~60年くらいは経ているのではないか、というように見えます。ということは、昭和の初め頃に植えられたもの、ということになりますね。

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これが、天守閣があった天守台です。小さいですね (^-^)
天守台がこの面積なら、三層あった天守閣もそんなに大きなものではなかったでしょう。

う~ん、可愛い感じだったのかなぁ、取り壊された天守閣を、よけいに見たくなってしまいます。

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天守台から見た、松阪方面の山並み。遠くに見えるのは、飯南の山でしょうか。その前に広々と田んぼが広がり、いい景色です。

うん、季節毎にここから景色を眺めたら、さぞいい気分になることでしょうね d(^-^)b

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こちらは、城のふもとに保存されている、田丸城の奥書院です。
明治維新の折に、破壊を免れ近在の農家の家屋として使われていたものを、玉城町が引き取りここに移築したのだそうです。

これは、町の英断だったと、主人は思います。
こういった、見逃すとすぐに取り壊されて跡形もなくなってしまう、微細な文化財を保護し後世に伝えていくのが、自治体の見識であり役目だと、主人は考えます。

それにしても、すっきりとしたいい建物だこと (^o^)v

初めて訪れた田丸城、予想を遥かに超えて魅力たっぷりの史跡でした。このあとも度々ここを訪れることになる予感を持った、主人でありました。

 

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