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2007年10月21日 (日)

ナターシャ・グジーさんのこと

伊勢屋主人です。

1986年4月26日。
この日付に、ご記憶がある方はいらっしゃるでしょうか。

21年前のこの日、ソビエト連邦(当時)のウクライナにあった、チェルノブイリ原子力発電所4号機がメルトダウンののち大爆発を起こし、これにより大気中に大量の放射性物質が放出され、大規模な放射能汚染を引き起こしました。
このとき、大気中に放出された放射性物質は推定で10トンとされ、これは広島に投下された原子爆弾の500倍に相当する量と言われています。
この爆発による放射性物質は日本でも観測され、三重県でも、度会町ではせっかくの一番茶を廃棄したりするなどの被害が発生したそうです。

チェルノブイリ事故がより悲惨な影響をもたらしたのは、この爆発による直接被害よりも、当時のソビエト政府による危機管理の甘さを原因とした住民被害でした。
事故発生はモスクワ時間で午前1時であり、夜を徹しての消火・事故対応活動が行われたにも拘わらず、住民には「発電所でちょっとした事故が発生した」とのみ説明され、そのために翌27日には市民は通常の生活をして過ごしました。

大人はいつもの作業を戸外で行い、子供は庭で遊び、母親はその姿を傍らに立って眺める。そんな、平穏な一日だったそうです。
そして、何が発電所で起こったかを知らされていない人々は、大量の放射能を被爆したのでした。

翌4月28日、ソビエト政府はチェルノブイリ原発の事故を認め、市民に対して「たいした事故ではないから、3日後には帰宅できる」と説明して、避難を命じたのです。
そして、21年後の現在に至るまで、帰宅した住民はひとりもいず、都市としてのチェルノブイリは放棄されたままです(2003年から05年にかけての、チェルノブイリの様子がこちらでレポートされています)。

ナターシャ・グジーさんは、当時6歳。
チェルノブイリ(チョルノーブィリが正確な読み)にお住まいでした。お父さんがチェルノブイリ原発の技師をされていて、家は原発から3.5kmのところにあったそうです。
当然被爆をされて、ご自身のことははっきりは仰りませんでしたが、妹のカーチャさんとともに、今もなお健康に問題を抱えておられるようです。

彼女は8年前に来日され、現在は日本で音楽活動とチェルノブイリ被害者への支援活動をされています。
ナターシャさんが演奏するのは ウクライナの民族楽器である「バンドゥーラ」で、8kgもの重さのそれを奏でながら、「水晶のような」と形容される素晴らしい声でウクライナの民謡や彼女のお気に入りの日本の歌を聞かせてくれるのです。

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 *こちらの画像は、チェルノブイリ子ども基金 ホームページ掲載の画像を借用しました。

ナターシャさんは、本日南伊勢町にいらっしゃいまして、およそ1時間半ほどのコンサートをカーチャさんとともに行われました。
コンサート会場となった南伊勢町町民文化会館 大ホールには、800人ほどの町民がつめかけ、彼女とカーチャさんの演奏を熱心に聴き入りました。そして、主人もその中の一人でした。

初めて聴くナターシャさんとカーチャさんの歌声、バンドゥーラの響き、ウクライナ民謡、全てが「本当に素晴らしい」と言い切れるものでした。とりわけ、ナターシャさんの澄み切ってしかも力強い歌声は、彼女が深刻な被爆者であることをまったく感じさせないほどの生気と魅力に溢れていました。
しかしながら、第1部が約30分、15分の休憩を挟んで第2部が約45分のステージは、ナターシャさんの体力に限界があるのを示唆しているように、主人には思えたのでした。

きれいな日本語で被爆の状況や、今なおウクライナで後遺症に悩む人々への支援を呼びかけるナターシャさんの訴えは、今日その歌声に触れた多くの人々の心を揺さぶったに違いありません。
演奏後、多くの人々が彼女のCDを買い求め、それへのサインを待ち長い列を作っていたのです。

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 *手前がカーチャさん、サインをしているのがナターシャさんです。

本日のコンサートのアンコールに、ナターシャさんは2つの曲を聴かせてくれました。
1曲目は、彼女のソロで『アメイジング・グレース』です。
主人も好きな曲で、多くの方の作品を今まで聴いてきました。しかしながら、ナターシャさんの歌ほど心に響いた作品は、ありませんでした。
声の質や音程の正確さ、そんな瑣末なことよりも、彼女のいのちがそこに存在して、直接こころに語りかけてくる。それほど圧倒的なパワーを持った歌声でした。
人間の声帯が一番の楽器、とはよく言われることですが、この言葉に心底頷かざるを得ない、ナターシャさんの「アメイジング・グレース」でした。

そして、2曲目はカーチャさんとのデュエットで、「故郷」。そう、あの「うさぎ追いし あの山、」の文部省唱歌です。
彼女たちが、この曲をアンコールの2曲目に選んだ心情を思うと、正直胸をつかれる心持ちがしました。
彼女たちには、もう戻ることが出来ない故郷しかありません。そして、そこにすこやかに暮らす父母も友垣もいません。ゴーストタウンと呼ばれるチェルノブイリだけしか、ありません。
それに較べて、平和で また例え東京でもまだまだ清浄な日本に住む、私たちの幸せを心から噛みしめなければなりますまい。

ナターシャ・グジー。
彼女の名前を、どうか記憶にとどめてください。
機会があれば、ぜひその歌声に接してみてください。
そして、彼女の歌声に潜んでいる、彼女が背負っている運命の重さを、感じてください。

【ナターシャ・グジー 公式ホームページ】
http://www.office-zirka.com/

【チェルノブイリ子ども基金 ホームページ】 
http://www.smn.co.jp/cherno/

   

*コンサート会場では、チェルノブイリ子ども基金を創設されたジャーナリストの広河隆一さんが、チェルノブイリで撮影された写真も展示されていました。

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こちらも、事故の悲惨さ、後遺症の重さ、そして文明の愚かさの一面を的確に切り取った写真ばかりで、ものすごいパワーを持っていました。

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こちらはカラー撮影の作品ですが、モノクロの作品も展示されており、そちらの方がより訴えかける力を強く感じました。
広河さんの作品も、機会があればぜひご覧になることを、お勧めします。

【広河隆一さん ホームページ】
http://www.hiropress.net/

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