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2007年1月29日 (月)

歴史から消された史実

伊勢屋主人です。

主人の大切なお友達のひとりに、伊勢の西洋家庭料理のお店「ぼうがいっぽん」のオーナー 山下さんがいらっしゃいます。すでにこのブログにも何度も登場願っています(まあ、勝手にですが - 笑)ので、お名前をご存知の方もいらっしゃるのではないでしょうか。
山下さんと主人は、音楽の好みがとても似通っております。Jazz好き、70年代ロック好き、そして何よりあのプログレシブ・ロックの巨星『キング・クリムゾン』が二人とも大好き p(^_^)q
さらに、美味しいもの好きな主人は、山下さんのお仕事がとっても好きです(ニコッ)

先日 山下さんに、このご本をいただきました。
山下さんのお父さんが自費出版されたご本で、「サザンクロスを背に受けて」というタイトルのものです。

Sotherncross

山下さんのお父さんは昭和のはじめに伊勢市でお生まれになったのですが、昭和19年 15歳の時に当時の陸軍明野航空隊に職を得て、通信隊でお仕事をされていました。
戦争が始まる前ののんびりとした時代には、このように軍を職場とする方も多く、山下さんのお父さんのお宅も三代続いて明野基地でお仕事をされていたそうです。

当時の山下さんのお父さんは15歳ですから、飛行機や軍服姿の士官を見て「カッコいい」とお考えになったのでしょう。当時は、そんな時代だったようですから(主人は、当然知る由もありませんが)
そして、憧れの飛行機を間近に見ることができる明野基地で仕事を得、さぞ楽しい毎日を送られていたことと思います。

ところが、昭和19年の10月、突然に軍の航空隊と共にフィリピンに渡ることとなりました。運命の転機です。

この頃は昭和16年に始まった太平洋戦争も3年目に入り、アメリカ軍による反攻が本格化していて、フィリピンにアメリカ軍が上陸する寸前の時期でした。
日本軍は、陸軍海軍ともフィリピンの占領状態を保持するために必死であり、このために日本各地から人をかき集め送り込んだものと思われます。そして、山下さんのお父さんもその一人だった、ということなのです。
フィリピンに向けて日本を出発した当時は、身分は軍属(軍で働く民間人)であったのが、フィリピンに到着したときは軍人に知らぬ間に変えられていた。
しかも軍隊としての組織にもなっていなければ訓練も受けていないので、到着してすぐアメリカ軍の攻勢に遭遇して組織は壊滅、昭和20年の正月からフィリピン山中に逃げ込み熱帯雨林を彷徨うこと8ヶ月余り、終戦を迎えたことでなんとか命を永らえ、翌昭和21年1月に復員されたとのこと。
ほとんど満足な食料もなく、風土病などにも悩まされながらの状況でよく生き延びられた、と主人は感嘆してしまいます。

民間人を軍用以外の名目で徴用して戦地に送り込み、戦地で身分を変更した上に、全く軍事訓練もせずに戦闘行為に駆り立てること自体、充分におかしいのですが、さらに理解不能なのが こちらのご本で語られている、この明野基地から民間人を戦地に送ったという記録が当時の上官により抹殺されていて、今日に至るまで公式記録は皆無という点です。
一緒に戦地に赴かれた伊勢市民や近郷の方々の多くが、事実として亡くなられているのですが、これらの方々の最後の状況の確認や、ご遺族に対しての補償などはいったいどのようになっているのか、と思わざるを得ません。

何よりも、呆れると同時に嘆かわしいのは、この事実を抹殺した当時の上官の意識です。
この時、明野基地から戦地に送られた部隊は、約100名。そのうち民間人は90余名で、その中の20名ほどは14~15歳の少年だったそうです。
これだけの非戦闘員を前線に送り込み、名目上戦闘員に仕立て戦闘にもならない戦闘に駆り立てて死亡させ、しかもその事実を消し去った姑息さは、何ということでしょう。

記録を抹殺したということは、当人にこれが不祥事であるという意識があったからにほかならないからでしょうが、組織の長としての責任の取り方がこれか、と主人は思います。
このところテレビで良く見る、不祥事を起こした企業トップの記者会見におけるそらぞらしい弁明も脳裏にオーバーラップし、腹立たしいことこの上なくなります。

そして、家族の無事な帰還を願い続け、その思いを裏切られたご遺族の方々のお気持ちはいかばかりであったか。。。

山下さんのお父さんがこの本を出版されたのは、この 歴史から記録として抹殺された史実を何とか後世に伝えたい、とお考えになられたからです。
そのお気持ちを汲まれてのことと思いますが、山下さんはこの「サザンクロスを背にうけて」を全国の図書館にご寄贈されたそうです。

お二人のこのご努力で、この史実はようやく記録に残っていくことになりました。
そして日本各地の様々な世代の方々が、地方にも及んだ戦争の影響とそれに翻弄された人々の存在をお知りになることを、主人も切に望んでおります。

残念ながら、山下さんのお父さんは2002年の1月に亡くなられました。その命日は、奇しくも復員された日と同じ、1月4日だったということです。

※本日の稿は、山下晴朗氏 著「サザンクロスを背にうけて」と、山下さんのブログを拝見しての内容です。
 「ぼうがいっぽん」の山下さんのブログ <かわいいコックさんのTALK TO> (http://www.bou-1.com/)の本年1月13日に、山下さんご自身による記事がございますので、こちらもどうぞご覧になってください。

※ 山下さんのお手元に、「サザンクロスを背にうけて」の残部が多少あるそうです。
ご希望の方には送っていただけるそうなので、info@e-iseya.jp までご連絡ください。

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コメント

ご感想をいただき、ありがとうございました。
本人は、それほど強い告発を!という気持ちではなかったようですが、あとの世代の知らない出来事を伝えてくれた、うちの家族にとっては大切な父からの手紙でした。
この場をお借りして、もしご興味のおありの方がいらっしゃいましたら、まだ残部がございますので、お申し出下さいませ。
ご進呈させていただきます。
ありがとうございました。

投稿: yamashita | 2007年2月 1日 (木) 17時37分

yamashita様、いらっしゃいませ! 伊勢屋主人です。
大切なお父様からの手紙を拝見させていただき、ありがとうございました。

このような肉声に近い、しかも今まで封印されていた史実をしっかりと遺されて、すばらしいことと存じます。
何よりの宝物ですね!

ご希望がありましたら、ご連絡させていただきますので、よろしくお願いします。

投稿: 伊勢屋主人 | 2007年2月 1日 (木) 17時41分

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