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2007年1月29日 (月)

歴史から消された史実

伊勢屋主人です。

主人の大切なお友達のひとりに、伊勢の西洋家庭料理のお店「ぼうがいっぽん」のオーナー 山下さんがいらっしゃいます。すでにこのブログにも何度も登場願っています(まあ、勝手にですが - 笑)ので、お名前をご存知の方もいらっしゃるのではないでしょうか。
山下さんと主人は、音楽の好みがとても似通っております。Jazz好き、70年代ロック好き、そして何よりあのプログレシブ・ロックの巨星『キング・クリムゾン』が二人とも大好き p(^_^)q
さらに、美味しいもの好きな主人は、山下さんのお仕事がとっても好きです(ニコッ)

先日 山下さんに、このご本をいただきました。
山下さんのお父さんが自費出版されたご本で、「サザンクロスを背に受けて」というタイトルのものです。

Sotherncross

山下さんのお父さんは昭和のはじめに伊勢市でお生まれになったのですが、昭和19年 15歳の時に当時の陸軍明野航空隊に職を得て、通信隊でお仕事をされていました。
戦争が始まる前ののんびりとした時代には、このように軍を職場とする方も多く、山下さんのお父さんのお宅も三代続いて明野基地でお仕事をされていたそうです。

当時の山下さんのお父さんは15歳ですから、飛行機や軍服姿の士官を見て「カッコいい」とお考えになったのでしょう。当時は、そんな時代だったようですから(主人は、当然知る由もありませんが)
そして、憧れの飛行機を間近に見ることができる明野基地で仕事を得、さぞ楽しい毎日を送られていたことと思います。

ところが、昭和19年の10月、突然に軍の航空隊と共にフィリピンに渡ることとなりました。運命の転機です。

この頃は昭和16年に始まった太平洋戦争も3年目に入り、アメリカ軍による反攻が本格化していて、フィリピンにアメリカ軍が上陸する寸前の時期でした。
日本軍は、陸軍海軍ともフィリピンの占領状態を保持するために必死であり、このために日本各地から人をかき集め送り込んだものと思われます。そして、山下さんのお父さんもその一人だった、ということなのです。
フィリピンに向けて日本を出発した当時は、身分は軍属(軍で働く民間人)であったのが、フィリピンに到着したときは軍人に知らぬ間に変えられていた。
しかも軍隊としての組織にもなっていなければ訓練も受けていないので、到着してすぐアメリカ軍の攻勢に遭遇して組織は壊滅、昭和20年の正月からフィリピン山中に逃げ込み熱帯雨林を彷徨うこと8ヶ月余り、終戦を迎えたことでなんとか命を永らえ、翌昭和21年1月に復員されたとのこと。
ほとんど満足な食料もなく、風土病などにも悩まされながらの状況でよく生き延びられた、と主人は感嘆してしまいます。

民間人を軍用以外の名目で徴用して戦地に送り込み、戦地で身分を変更した上に、全く軍事訓練もせずに戦闘行為に駆り立てること自体、充分におかしいのですが、さらに理解不能なのが こちらのご本で語られている、この明野基地から民間人を戦地に送ったという記録が当時の上官により抹殺されていて、今日に至るまで公式記録は皆無という点です。
一緒に戦地に赴かれた伊勢市民や近郷の方々の多くが、事実として亡くなられているのですが、これらの方々の最後の状況の確認や、ご遺族に対しての補償などはいったいどのようになっているのか、と思わざるを得ません。

何よりも、呆れると同時に嘆かわしいのは、この事実を抹殺した当時の上官の意識です。
この時、明野基地から戦地に送られた部隊は、約100名。そのうち民間人は90余名で、その中の20名ほどは14~15歳の少年だったそうです。
これだけの非戦闘員を前線に送り込み、名目上戦闘員に仕立て戦闘にもならない戦闘に駆り立てて死亡させ、しかもその事実を消し去った姑息さは、何ということでしょう。

記録を抹殺したということは、当人にこれが不祥事であるという意識があったからにほかならないからでしょうが、組織の長としての責任の取り方がこれか、と主人は思います。
このところテレビで良く見る、不祥事を起こした企業トップの記者会見におけるそらぞらしい弁明も脳裏にオーバーラップし、腹立たしいことこの上なくなります。

そして、家族の無事な帰還を願い続け、その思いを裏切られたご遺族の方々のお気持ちはいかばかりであったか。。。

山下さんのお父さんがこの本を出版されたのは、この 歴史から記録として抹殺された史実を何とか後世に伝えたい、とお考えになられたからです。
そのお気持ちを汲まれてのことと思いますが、山下さんはこの「サザンクロスを背にうけて」を全国の図書館にご寄贈されたそうです。

お二人のこのご努力で、この史実はようやく記録に残っていくことになりました。
そして日本各地の様々な世代の方々が、地方にも及んだ戦争の影響とそれに翻弄された人々の存在をお知りになることを、主人も切に望んでおります。

残念ながら、山下さんのお父さんは2002年の1月に亡くなられました。その命日は、奇しくも復員された日と同じ、1月4日だったということです。

※本日の稿は、山下晴朗氏 著「サザンクロスを背にうけて」と、山下さんのブログを拝見しての内容です。
 「ぼうがいっぽん」の山下さんのブログ <かわいいコックさんのTALK TO> (http://www.bou-1.com/)の本年1月13日に、山下さんご自身による記事がございますので、こちらもどうぞご覧になってください。

※ 山下さんのお手元に、「サザンクロスを背にうけて」の残部が多少あるそうです。
ご希望の方には送っていただけるそうなので、info@e-iseya.jp までご連絡ください。

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2007年1月27日 (土)

剣道姿の干支

伊勢屋主人です。
本日は、ちょっとプライベートネタです (^^;

拙宅の息子は、剣道を習っております。いえね、ぜんぜんへなちょこなんですけど orz...
本来は、このへなちょこが少しでも変われば、と思う親心で習わしておるわけなのですが!
そんな親の思惑は一切関知せず、本人は小学校の仲間も大勢いるので「夜の部のお遊び時間」と思っているのか、ま~たく上達いたしません。

だいたい気が優しいから(本当は、気が弱い)から、思いっきり相手を叩きにいけない。
武道は気合が大事なのに、大きな声が出ない(これも気が弱いから)
もともと細身なので、つばぜり合いなどでは吹っ飛ばされる(しっかりしないかぁ!)

いやいや、いいとこがありません (>_<)
親としては、気合一発で相手を圧倒し、怒涛の面の連打で「一本!」「勝負あった!」という場面を夢見ているのですが、これはとうてい見果てぬ夢になるもようです(タメイキ...)

ところで、彼は町内の「スポーツ少年団」なるものに所属しておるのですが、定番の野球からサッカー、剣道、ソフトボール、バドミントンなど わりあいとバラエティにとんだ種目の「スポーツ少年団」が、この町にはございます。で、それぞれの少年団には、指導者が2~3名ついて活発に活動しております。
主人そのものは、こういった活動には関わっておりませんので、詳細はわかってはいないのですが、伝え聞くところによりますとなかなか「親身の指導」をしてくれている様子。

翻って東京のことを考えると、これほど草の根的な活動が活発ではなかったように思います。
こういうのは、地域で濃淡があるのは当然ではありますが、ここでの活動を眺めておりますと、やはりちと「濃い~」という感じを受けます。
やはり、地縁とか地域で子供を育むという意識が、都会に較べて強いのでしょうか。
そう言えば、小学生の登下校に必ず付き添っていらっしゃる、定年後とおぼしき方もいらっしゃいます。

さて、息子は学校から帰ったら毎日、夕方暗くなるまで友達と遊び呆けております (^^;
この前は、冬というのに近くの小川にはまって、ずぶ濡れになって帰ってまいりました。
当然親としては「これこれ」と申すのですが、主人の頭の片隅では「自分の子供時分と同じだなぁ」という思いもございます。
自分がこういったのんびりとした子供時代やら、そしてその後に受験戦争の真っ只中を過ごした経験やらがあって、出来る間はのんびりとした時間を過ごしてもよいか、と少し暢気に構えている主人であります。
今後どういう人生を歩むにしても、ここで過ごした時間と周囲の人々の温かい眼差しは忘れることがないでしょうから。
その意味で、この地域で子供時代を過ごすことになった彼らは、幸福であったかもしれません。

07eto_1

で本題ですが、剣道着姿のこの人形たちは、息子がスポーツ少年団でもらってきたものです。
毎年、干支にちなんだものがいただけるようで。

これ、なかなかかわいいでしょ (^Q^)
剣道を始めたのが一昨年の春だったので、いま手許にあるのは昨年の戌と今年の亥です。

去年の戌だけのときはそんなことを思わなかったのですが、亥が隣に加わったところで主人のコレクター気質に火が点いてしまいました。

やっぱり、こういうのって十二支全部揃えたいよなぁ!

でも、よく考えたらスポーツ少年団って小学生を対象にしているものです。息子はいま三年生ですので、このまま小学生時代、ずっと剣道を続けたとしてもそろうのは、子・丑・寅まで。
え、半分もいかないの。なんか、中途半端だなあ。。。

というわけで、この剣道姿の十二支をぜ~んぶ揃えるのは、完全に見果てぬ夢になってしまいました。
せめて、息子が鮮やかに一本を決める、という場面だけは、正夢になって欲しいと思う、主人であります (^_^)

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2007年1月25日 (木)

赤と銀の鈴鹿川

伊勢屋主人です。
このところ、ちょびっと寒い日が続いておりますが、みなさまにおかれては、いかがお過ごしでしょうか。

さて、昨年11月19日の「伊勢屋主人日記」って、憶えていらっしゃるでしょうか(あ、無理ですよね ^^; )
『三重の食 腕自慢商品』発表会というタイトルだったのですが、e-伊勢屋に参加されている清水醸造さんが三重県主催の「三重の食パワーアップ100」という事業において、商品性の高いパッケージを発表され県より表彰された、という内容だったのです。
で、そのパッケージなのですが、このたび発売されましたので、ご紹介をいたしますね。

これは、日本酒としては非常に珍しい240ミリリットルのボトルを、3種ずつパッケージしています。

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こちらは、「特別本醸造」「純米」「純米吟醸 芳醇」の三種類をパッケージにした『赤箱』。
この三種類は、冷酒でもよろしいですが、燗酒にされても美味しいお酒なので、赤い箱に入れてあります。
価格は、1,700円(税込)となります。

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一方、こちらは『銀箱』。
「吟醸」「純米吟醸」「純米吟醸 中取り」の三種類がパッケージされています。
こちらは、冷酒でお楽しみいただきたい三種類ですので、クールなイメージのパッケージとなっています。
価格は、2,300円(税込)となります。

主人が思うに、清水醸造さんの『鈴鹿川』というお酒は、キレのよさと香りに特徴があります。口当たりよく、フルーティーでありながらベタつかない味、そしてほとばしる吟醸香が、主人は大好きです。
これらの特徴は、『鈴鹿川』シリーズのどのお酒にも共通するのですが、でももちろんそれぞれの種類のお酒で味が異なります。日本酒の好きな主人としては、ぜ~んぶを楽しんでみたいのですが、一升瓶となるとそれも大変。
その意味で、手頃なお値段でいろいろ違った味を楽しめるこの『赤箱』と『銀箱』は、ちょっとうれしい企画です。

また、このお酒は、女性の方にもお勧めしたいお酒。素晴らしい吟醸香とフルーティーな味わいは、ワイン好きの方にも喜んでいただけるのではないかな、って思います。
ですので、お友達とのホームパーティーなどに、手土産としてお持ちいただけたら いいなあ。

あ、もちろん男性の方にでも、『鈴鹿川』はご満足いただけるはずですよ。今度のバレンタインデーに贈られても、よろしいのではないでしょうか。
日本酒が好きな男性は多いですが、彼がどんなにお好みでもバレンタインデーに四合瓶や一升瓶をお渡しするのは、あまりにもオシャレではありません。でも、こんなパッケージなら、プレゼントにしてもちょっといいのではないでしょうか。
彼と二人で、フルーティーな日本酒を楽しむというのも悪くないなあ、と思いますが、みなさまはいかがでしょう。

味酒(うまさけ)という枕詞があります。
これは、当時お酒の産地として名高かった「鈴鹿」にかかるもの。枕詞ですから、奈良時代や平安時代によく使われた詞(ことば)なのでしょうね。
この詞が示すように、長い日本酒醸造の歴史を誇る鈴鹿でも、残った蔵元はいまや清水醸造さんのみです。
清水醸造さんでは、100年以上の蔵元としての歴史を踏まえつつ、新しいお客様に新しい旨さの日本酒をお届けしようと、チャレンジを続けています。この赤と銀の箱も、そうした清水社長の願いがかたちになったもの、と言えましょう。

e-伊勢屋も、この新しい『赤箱』と『銀箱』を応援していきます。もちろん、近日中にサイトに掲載していきますので、どうぞみなさまよろしくお願いいたします。
いやあ、主人としてはこの『赤箱』『銀箱』のコンビが、みなさまに愛されていって欲しいものです。
なぜなら、このパッケージの開発には、主人も一役買ったのですから、ハイ。

というわけで、こちらをぜひともご贔屓のほど、よろしくお願い申し上げます <(_ _)>

※ e-伊勢屋内 清水醸造さんのページは、こちらからどうぞ。

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2007年1月23日 (火)

天の岩戸

伊勢屋主人です。

現在、主人は三重県のどちらかと言えば、伊勢志摩に近い地域に住んでおります。
この伊勢志摩というところ、遡れば神代の昔に行き着くこと地域であります。ですので、あちこちに古い伝承や遺跡が残っております。
そりゃあ、そうですよね。なんたって日本の神様の中心である「アマテラスオオミカミ」が鎮座されているのですから。
実際、主人が住んでいる町も、何か建築を行いたいときは大変です。なにせ、どこかを掘れば何らかの遺跡が出ますので。おかげさまで、道路工事などはやたら時間がかかったりします (^^)

「古い」と言えば、伊勢にはこんなところもあるのです。
それは、『天の岩戸』。
そう、あのアマテラスオオミカミが姿を隠した、と古事記に記載のある洞穴です。

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この『天の岩戸』は、伊勢から志摩に向かう山あいにあります。車でなければ行けない場所ですが、駐車場もありますので、ご安心を。
駐車場から岩戸までは、軽い坂道を500mほど歩きます。でも、この道もきれいなせせらぎ沿いなので、そんな流れや周囲の立ち木の様子を見ながら歩いていると、距離もまったく気になりません。冬の時期の今でも杉の香りが強く漂っていて、いかにも森林浴をしているという風情で、気持ちの良い道のりです。
但し、2月に入るとスギ花粉が飛び始めますから、花粉症の主人はもうここへの立ち入りは自主規制をいたします (>_<)
その意味でも、今回訪れたのは良いタイミングであったかもしれません。

実は、今から○○年前の小学生の時分に、主人はここを初めて訪れました。
その当時と現在、どうたたずまいが変わっているかは、はっきりと記憶にはありません。
いまはきれいに舗装されていますが、当時は無舗装で岩がゴロゴロしていた道であったような。子供だったので、身も軽かったのですが、歩くのに苦労をしたような気がいたします。

ただ、この参道沿いのせせらぎに、サワガニがたくさん群れていたことだけは、憶えています。それこそ人が歩くと、それに驚いてざわざわとカニが移動するような状態でした。
そんな昔でも、東京ではすでに野生のサワガニを見ることなど当然出来ず、ペットショップに売っていたのを見てサワガニを知っていた主人は、当時とても驚いたものでした。

現在でも、このせせらぎにはサワガニがいますが、もう目を凝らして探さなければ見つからないほどです。
何がこの地にあったのか、わかりません。人家もないし、人もそんなに入ってくるようなところではないのですが。
どうした加減で、あの多くのサワガニがいなくなってしまったのでしょうか。ああいう、ちょっとした驚きの自然の姿は、子供たちに見せてあげたかったのに、と思う主人であります。

Iwato02

さて、こちらが『天の岩戸』と呼ばれているところです。洞穴の高さは、およそ40cmくらいでしょうか。
アマテラスオオミカミって、こんなに背が低かった???
「古事記」によると、この岩戸の前で八百万の神々がどんちゃん騒ぎをやり、アメノウズメノミコトが踊りまくったということですが、う~んどこでやったんだろう(笑)

この洞穴から2本の青竹が伸びていて、こんこんと清水が湧き出しています。
今は冬ですからこの程度の量ですが、春とか夏場はものすごい量の水が出ていますので、初めて訪れた方はそれにもびっくりされることでしょう。
実は、「日本名水百選」の一つに選ばれているこの『天の岩戸』の湧き水、名水百選では「恵理原の水穴」と呼ばれています。
飲んでみると、少し酸味を感じるこの水、炭酸水の「シュワ~ッ」がないような味です。ウィスキーの水割りに、あうかもしれません (^^)

ところで、ここを『天の岩戸』とする伝承は、いつ頃からのものなのかはわかりませんが、かなり古くからのものだろうと思います。でも、なぜここを『天の岩戸』としたのでしょうか。
この洞穴のたたずまいと湧き水に、何らかの神異を感じたのでしょう。でなければ、「古事記」の記述の中でもかなりの大きな事件である、「岩戸隠れ」の舞台とはしなかったでしょうから。

古の人々が感じた神異とはどのようなものであったのか、そんな想像をしてみるとなかなか楽しいものです。出来れば、その昔に戻って、人々に尋ねてみたい心持になっている主人であります。

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2007年1月20日 (土)

そろそろ、あおさの時期です。

伊勢屋主人です。

一月も、もう下旬。早いものです。
うむむ、こうして月日が経っていくのですね。まだ、今年になって何も進んでいません。
困った(汗。。。)
みなさまは、着々と予定が進んでおられるでしょうか???

さて、主人が好きな南伊勢町では、この時期「あおさ」の収穫が最盛期です。
あおさって、あまり馴染みがないかもしれませんね。主人も、三重に来るまではそうでしたから。
でも、案外身近なところで食べたりしているのです。だって、海苔の佃煮はこれですから。
『江戸むらさき』は、召し上がったことあるでしょう?

このあおさ、香りがとても良い。いや、何か芳香がというわけではなくて、磯の香りがとても立つのです。
主人は、味噌汁などに入れるのが、とても好み (^^)

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最近知ったのですが、あおさの養殖の発祥は、伊勢湾だそうな。
ということは、このあたりのあおさは「元祖」というわけですな。
冬の収穫期になりますと、志摩から南伊勢の海沿いには、このように鮮やかな緑色のあおさの養殖いかだをあちこちに見ることが出来ます。

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もうそろそろ、海沿いの町の乾物屋さんには、あおさの新物が並ぶ頃です。
これも季節商品ですから、一年中あるものではないのです。
やっぱり、旬のものが美味しい!

来週早々に、買いに行くとしましょう (^^)

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2007年1月17日 (水)

我が町内の新春凧揚げ大会 (^^)

伊勢屋主人です。

一月も半分以上過ぎ、正月特有のおめでた気分もどこかへ失せてしまいました。

実は、正月の駘蕩とした時間の流れは、大好きな主人であります。
いやいや、朝からお酒が飲めるとか、一日だらだらしていてもいいから、という訳ではないのですよ(汗)
一年に一度、日本人に戻るという、そんな雰囲気がどこか正月にはありませんか?
ですので、実は正月三が日はデパートもスーパーもコンビニも、お休みになって欲しい、と密かに考えている主人であります。だって、お店がやっていると、どうも正月気分が出ないでしょ。
確かにお正月にお店が開いていると、助かるんですけどね (^^; おせち料理を用意しなくてもいいし、もし年末に買い忘れたものがあっても、なんとかなるし。
でも、この便利さと引き換えに失っているものも多い、と思うのですよ。

さて、話題を変えて。
そろそろ、正月行事もネタが尽きた感がありますが、我が町内では先週の日曜日に、新春凧揚げ大会なるものが催されました。
この行事は、町の商工会青年部の方々が始められたとのことで、例年たたみ2畳ほどの大きさの凧を多数揚げます。数年前には、4畳ほどの大きさのものも揚げていましたっけ。
ま、この大きさになりますと、地上から離すのも一苦労のようですが。。。

この日は、主人宅の子供たちもお手製の凧を持って、強い風の中を会場に向かいました。

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主人一家が会場の到着すると、すでにかなりの数の凧が、空に!
見ると、一時期のように西洋凧(ゲイラカイトってありましたね)ばかり、という様子ではありません。かなりの数、角凧などが揚がっていました。
中には、「キティちゃん」をかたどった凧も。お手製かな?

でも、主人が慣れ親しんだ「奴凧」は、なぜか一つも揚がっていませんでした。やっぱり、あれは東京のものなのかな?

広い会場(ただの空き地)ですが、屋台や朝とれ野菜の売店、さらに凧揚げに興じる人々で、かなり混雑しております。

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そんな中、この大会の主催者である「北野凧の会」が揚げる大凧も、いくつか揚がっておりました。
今年の大凧は、地域の小学生と「北野凧の会」の共同制作だそうで、それぞれの凧に子供たちが思い思いの願いを込めた図案を描き、それを大きな角凧に仕上げました。

ほ~ら、こちらも揚がって行きますね~。

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風もちょうど良く、大凧は気持ちよさそうに大空に高く揚がっています。

でも、油断は禁物! どんなに大空高く揚がっている凧でも、一瞬でバランスを崩して落下することがあるのです。
対処が早いと、また空を目指して揚がっていきますが、きりもみのパニック状態になったら もう落ちるだけ (>_<)
何やら、人生模様にも似ているみたい。。。やはり、凧も人生も不断の維持努力が肝要、ということのようです。
(上の画像の、左上の赤い凧は、主人宅の子供たちが揚げていたものです - 笑)

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で。
こちらは、今回主人が一番のお気に入りの凧!
だるまをかたどった、江戸凧です。
よっぽどバランスがいいのでしょう、尾を付けなくてもびゅんびゅん揚がっていきました。
さらに「うなり」が付けられていて、ぶーんぶーんと風を切る音が、なんともいなせ!
いやあ、いいものを拝見いたしました。

今年は、この凧のように安定して少しずつでも揚がっていきたいと願う、主人であります。

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2007年1月16日 (火)

さんま1袋30匹入りで、100円!

伊勢屋主人です。

先週の金曜日、土実樹さんのデコタン出荷の様子を拝見しに南伊勢町まで参りましたことは、この主人日記に書きとめた通りであります。

さてその日、五ヶ所の土実樹さん直営店を出ようとしたところ、通りの向こうから主人の名を呼ぶ野太い声が!
え、誰と思ってみると、旧知のNさんです。
「あー、ひさしぶり!」などと立ち話の花を咲かせてしまいました(笑)

Nさんはこの南伊勢町で、民宿を営んでおられます。
Nさんの民宿、ご主人自らが作るお造りや南伊勢町の郷土料理が評判なのです。ホント、料理のどれもが美味しくて、しかも安いんですよね。宿としては、一種理想的です。

さて、そのNさんですが、両手に何やら荷物を持っていらっしゃる。
「あれ~、今晩のお客さまへの材料、買出しに来られたんですか?」
と聞くと、にかっ!と笑ってうなづかれました。

「今、船が着いてなあ。ほれ、今日はさんまだよ!」
袋の中をのぞくと、きっときとでぴっかぴかのさんまがた~くさん!
「ひゃあ、おいしそうですね~」
と思わず言ってしまった、主人でございます(はしたない。。。)

Sanma002

でもね、でもね! だって、この色艶ですよ!!
気仙沼で取れて冷凍で送ってきた、なんてさんまではありません。
南伊勢町の沖合い、熊野灘でついさっき揚がったばかりだもん、こんな新鮮なさんまは滅多にありません。

「この辺まで降りてくるとな、さんまもずいぶん脂が少なくなっているけどなあ。でも、こいつはまだまだ残っているから、旨いぞぉ~!」
確かに! 見ている主人の目も、きらっきらしたのでしょうか (^。^;)

「もう、今日は帰るのかい?」
とNさんが聞くので、ハイと答えると、
「じゃあ、これ持ってきな!」
と袋の一つを渡してくれました。

ええ~、そんな悪いし。お客さんに出す分でしょ。もらえませんよ~。
いちおう遠慮して見せたのであります(いちおう、ね)

「いいんだよ、実はな、急にキャンセルが出てな、どうしようかと思っていたんだ」
とNさんのお言葉。
いいんですかぁ、ほんとにぃ~、え~、では、いただきます! (o^-^o)
「刺身にしてみな、旨いよ!」
はい、そうします!!

さっそく持ち帰って、刺身にしましたよ!
もう、皮なんてすーっと引けて。
全然臭みもなく、美味しいさんまの刺身を堪能いたしました。あ~、しあわせ (^^)

ところで、この一袋に何匹のさんまが入っていたと思います?
なんと、30匹入り!
で、後で聞いたら、これで100円だって!
次回は私も買います! って思わず口走ってしまいました(笑)

30本も食べられるのか、って? ぜ~んぜん、問題なし。
10本を刺身にしたでしょ。
5本を、後日の塩焼き用に冷凍。
残りの7本は、トマト煮にして。
最後の8本は、さんまの筒煮にしました。
トマト煮は、翌日のおかず。筒煮は、同じくお酒のつまみです (^Q^)

次回、こんな活きのいいさんまが手に入ったら、自家製の丸干しを作ってみようと、ひそかに野望をたぎらせている主人なのであります (^O^)

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2007年1月13日 (土)

旨いもの、続く。 ちょっと、しあわせ (^o^)

伊勢屋主人です。

昨日の日記で、土実樹のデコタンの出荷が始まったことをご紹介しました。
実はその3日前に、もう一つの美味しいものの、今年の出荷が始まっていたのです。
それは、元坂酒造さんの『うぶ』でした。

正直申し上げて、伊勢屋主人はお酒が大好きです (^^;
実は、ビールはそれほど好きではありません。
バーボンの香りは大好きですねえ。当然、味も。
冬場は、黒糖焼酎の熱燗なんてものを、よくやります。あ、当然すっぱめの梅干を一つ、落としてね。
でも、よくよく考えると、一番好きなのは日本酒だなあ と思うのです。
春夏秋冬、どの季節にも馴染むのは、やはり日本の風土で育まれてきたお酒だからなのでしょうね。
米が原料というのも、いかにも日本らしいし。

三重に来て、元坂酒造さんや清水醸造さんとのお付き合いが始まって、門前の小僧なのですがほんの少し 日本酒の奥深い世界を知りました。
日本酒って、味の決め手は、やっぱり米と水と麹と環境なのですね。
で、興味深かったのは、一度仕込みを行ってしまうと、最終的にお酒造りは麹菌まかせ という点です。人間が出来るのは、醸造の過程の95%までで、残り5%の大事なお酒の味を決める過程は、麹菌の「気まぐれ」まかせなのだそうです。
でも、素人はそういった難しいお話はさておいて、出来上がった素晴らしいお酒を楽しむのを専門にしたいところ(笑)

東京にいた頃は、常備酒は新潟の『八海山』でした。でも、いま思うとあの銘柄は吟醸香がやや少なかったような。
このあたりはもう好みのことなので、香りの強弱がお酒の良し悪しではありませんけれど。
ただ、三重のお酒を飲んでいると、「ああ、やはり酒は米から作られているのね」と実感できるほど、米の香りがするんですね。これも、この地域のお酒の特徴なのでしょうか。

そういった意味で、『うぶ』はかなり私好みのお酒です。
燗酒よりは一年中冷酒、というひとなので、やや冷やした方が味も香りも立つ『うぶ』は、まさに理想的。
それに、口当たりは良いものの、のどごし爽やかな辛口というのも、また良し。
だって、お酒は料理とお互いを引き立てあってこそ、と思うのです。ですから、口に含んで「旨い!」と思えた瞬間に、すーっと引いていってくれないと、次の料理が楽しめません。
そして、何よりも香りです。爽やかに鼻腔をくすぐってくれる吟醸香は、「ああ、また今年もこれを呑めてよかった」と、大げさでなく思わせてくれるのです。

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もちろん、新鮮な海山の幸に囲まれて、というお酒も好きですが、夜寝しなに漬物などをつまみながら「飲る(やる)」というのも、また味わいのあるものです。
薪ストーブの揺らぐ炎と薪のはぜる音を楽しみながら一献、などというひとときは、まさに天上楽土に浮かぶ思いがいたします。天上楽土というには、ちと安直ではありますが (^^;

今年の『うぶ』は、杜氏の元坂 新さんが「素直でいい酒になった」というほどの出来栄えです。
確かに、味もまっすぐで、香りもよろしい。
主人がいただいたときは、まだ少し硬い感じもありましたが、「一月末には、いい感じになりますよ」と、元坂さんは仰っていました。
日本酒が好きな方にぜひお奨めしたい、今年の『うぶ』です。

*元坂酒造さんの 特別純米酒無濾過『うぶ』については、こちらでご覧ください。

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2007年1月12日 (金)

土実樹のデコタン、いよいよ出荷開始!

伊勢屋主人です。

昨夜遅く、携帯電話が鳴りました。お相手は、土実樹の溝口さん。
「明日からデコタン売り出すからね。よろしくね!」
という電話でした。

そうですか、やっとですか。
去年の年末に農場に伺ったときも、すでに充分色づいているように主人の目には見えましたが、溝口さんは
「いや、もうちょっと熟成させないと。年明けからだなあ」
と言っておられましたけど、いよいよ出荷の時期となりましたか。
少しうれしくて、今日は南伊勢町まで行ってきましたよ (^^)

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今は、ハウスの中には出荷を待つデコタンが、このようにたわわに実っています。
「今年の出来は、どうなんですか?」
と溝口さんにたずねると、ちょっとびっくりの答えが返ってきました。

「もう、バッチリ! 今年はお奨めだよ!!」

ほう、これは これは。。。
溝口さんは、あまりこういう言い方をしない方なんです。いつも控えめな方なので。
でも、それだけ今年の出来はすばらしい、ということなのですね。
その言葉を聞いた主人は、もう目の前のデコタンを食べてみたくて仕方がなくって (^Q^)

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こちらは、五ヶ所にある直営店です。
いまは、早生みかん、ゆず、レモン、天草、それにデコタンと、商品がところ狭しと並んでいます。
うれしいでしょうね、今のこの状態がお店のスタッフの方には。
6月から10月末まで、店頭にはみかんがまったく並ばないので、大変だったと思います。
いまは、みかんを買い求めるお客様がひっきりなしに訪れるので、みなさん大忙しでした。

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はい、こちらにデコタンが並んでいます。「みかんの王様!」 と紹介されていました。
でも、確かにそうだと思います。
香り、甘み、酸味、どれをとってもそれぞれがすばらしく、かつバランスが取れています。
主人も、三重に来るまでこんなに美味しいみかんがあるなんて、知りませんでした。
初物ですから、当然主人もいただいて帰りましたよ (^^)
家に帰ってからいただいた、今年初めてのデコタンは期待にたがわぬもので、溝口さんがお奨めというのも、充分にうなづけるものでした。

はい、伊勢屋主人からもお奨めです! (^o^)

さて、e-伊勢屋でも、土実樹のデコタンを販売開始しました。
長年デコタンを作り続けてきた溝口さん自身が奨める、今年のデコタン。どうぞ、ご賞味ください。

e-伊勢屋 土実樹のページは、こちらからどうぞ。

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2007年1月 9日 (火)

三重県における厄年への対応に関するレポート (^^)

伊勢屋主人です。

いきなりで恐縮ですが、みなさまは厄年を迎えられましたでしょうか。
男性ならば数え年で25歳・42歳・61歳、女性ならば19歳・33歳・37歳がそれぞれ本厄の年齢で、さらに前後一年を前厄・後厄というのだそうです。
まあ、この頃には体調やら家庭事情やらに、経験的に変化が起きやすいということなのでしょう。ちょっと気をつけなさい、という古しえより今に伝わる知恵の一つのように、主人は思っています。
え、主人ですか? 
はい、とっくに厄年は終わりましたよ。どの厄かは、内緒ですけど(笑)

さて、ここからが本題。
みなさんのお住まいの地域では、厄年にはどんなことをされますか?
主人が生まれ育った場所はあっけらかんとしたもので、まあせいぜい家族と神社やお寺に行って、厄払いをしてもらうくらいが関の山。中には、まったく何もしないという方も多かったと思います。
そういう土地柄しか知らなかったため、厄年を迎えたといってもたいした感慨もなく過ごしてしまった私です。

しかるに、ここ三重県はかなりディープな対応をいたします。
こちらでは、「厄を払う」のではなく「厄をもらってもらう」と言います。
鳥羽あたりでは、厄年には親類縁者に贈り物をするようです。で、「厄をもらってもらう」というわけ。
志摩では、厄年を迎えたひとたちが集まって餅まき(その名の通り、お餅をばらまきます)をして、さらに旅行に行ってどんちゃん騒ぎをするそうです (これ、楽しそう - 笑)

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だいたい、主人には餅まきという行事そのものが馴染みがありません。
でも、こちらでは新年を迎えると「餅まき」、新しく家を建てたら「餅まき」、といったように、かなりこの行事を行う頻度が高いのです。
で、昨日のことですが、たまたまこの餅まきを体験しましたので、その様子をご紹介いたしましょう。

実は、今回の「餅まき」は義弟が厄年を迎えたので、彼が住む地域の厄年組が集まって行ったものなのです。
当然、主人はよそ者(東京者ですから、二重にですね - 笑)ですからこちらの方々とは面識がないのですが、餅まき会場に到着するなり「まあまあ、飲みねぇ~!」(笑) 一升瓶を持って、待ち構えているんです (^O^)
「縁起事だからなぁ、飲んでやってくれよなぁ!」 
いやいや、好きですからね、特に拒みませんけど(笑)
でも、クルマで来ているんだよな。。。ま、いいか!(よくない!!)

えへ、帰りの運転は奥方にお任せ~と勝手に決めて、コップになみなみとつがれた日本酒をいただきました。
いやぁ~、昼酒はなんでこんなにキクんでしょうね。夜飲むよりも、数倍美味しくおなかにきゅ~!っときます。

ま、そんなこんなの前振りがあるうちに、地域の方々が三々五々お集まりで。
地域の祠の前に厄年を迎えた男性たち(厄男と呼んでいます)が整列して、いよいよ餅まきのはじまりはじまり~!

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わあぉ~! 豪快!!
餅が空を飛ぶ~、お菓子が飛んでくる~!
餅まきと言っていましたが、飛んでくるのは餅だけでなく、いろんなお菓子も宙を舞います。
中には、インスタントラーメンまで!(爆)
厄男たちが投げるそれらを、皆がきゃわきゃわ言いながら受け取っていきます!
いやあ、見ているだけでも面白いですぅ~。
しっかしなあ、投げる方は気持ちいいだろ~な~。もう大盤振る舞い、さあ持ってけ!って感じ (^O^)

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ほらほら、どれだけのものが飛んでいくか、わかるでしょう。
ああ、中には鏡餅まで飛んでるぞぉ! あれ、当たったらかなり痛いよなぁ (≧∇≦)
ちなみに、今回は厄男が多かった(14名)のだそうで、7人ずつの2ヒート制! 
こんな、餅やお菓子が雨あられの状態が、2回も行われました (@o@)

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こちら、受け取り側。
拙宅の子供たちも参加したのですが、初心者であることがバレバレのようで、近くにいたお年寄りから懇切丁寧に指導を受けました。
「立ってちゃ、ダメだぞ」
「なんでですか?」
「立ってたら、足元に落っこちたお餅が取れないだろ、それに押されてころぶよ」  (キケンなんですね)

さすがに場慣れした方々は、違います。ええ。
獲物を入れる袋も、間口の大きいものをご用意です。
「取ったものを入れるのに、面倒がないだろ。それに、口を開けときゃ中に入ってくるさ」
なるほど、、、ごもっともで。

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主人は撮影班(!)なので参加していなかったのですが、子供たちは「お餅が頭にぶつかって、痛かったぁ!」と言いながらもニコニコ顔です。それもそのはずで、彼らが手にしている袋にはお菓子がぎっしり!
口々に「ヘルメットが要るね」 「次の時は、かぶってこよう」 なんて楽しそうに話していました。
いや、上の画像の右下のお子さん、もうしっかりとヘルメットを付けています。
親御さんの配慮ですな(笑)

こんなふうに、地域地域で、いろいろと風習は違うものなのですね。
でも、初めて見た餅まき、とても楽しかったですよ。
次回は、受ける方、いや出来れば投げる方に回りたくなってしまいました (^o^)

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2007年1月 7日 (日)

冬の嵐

伊勢屋主人です。

昨日から今日にかけて、全国的に大荒れの天気だったようで、ニュースを見ていますとあちこちで風の被害などがニュースになっています。

ここ三重も同じく、この両日は散々に荒れ模様でありました。
昨日は強い風雨、そして今日は風雨とめまぐるしく変わる天気。
いっときは雪まで降ってきて、外回りのことは何も出来ず、家の中に閉じ込められてしまった今日一日でした。

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そんな中、物好きにも近くの大淀海岸まで、海の様子を見に行ってきました (^^;
案の定、伊勢湾の中にもかかわらず、三角波が立つ大荒れとなっていて、うねりも高く荒々しい表情を見せてくれた今日の海でした。
ほんの数分、海岸にいただけなのですが、肌に突き刺さるような強風と飛沫を伴った雨に、ほうほうの態でクルマの中に逃げ込む始末となりました (-_-;;

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でも、そんな悪天候の中でも、このカモメたちは平然と波打ち際で餌をあさっておりましたよ。
中には、三角波の中 ぷかぷかと海の上に浮かんでいるカモメもいて、いったいどうして彼らはこの天気が気にならないのだろうと、不可思議に思えました。

いくら羽毛をまとっているからといって、風は体温を奪うだろうし、水につかれば足も冷たいだろうに。
やはり、動物に較べて人間は環境への適応能力が低いのか???

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そんなことを思いながら家に戻ると、スズメたちが軒先にかたまって強風を避けていました。
な~んだ、軟弱な鳥もいるのね (^o^)

妙に安心した心持になった、主人でありました。

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2007年1月 5日 (金)

春告花

伊勢屋主人です。

新春も五日となり、大人の方はもう普段の生活に戻られているのではないでしょうか。
お子様は、来週火曜日から登校かな。
かくいう主人も、昨日から仕事を始めております。
とはいうものの、まだ何となく体の方が仕事についてこない感あり、なのですが。。。

一月は、春と言っても春とは名ばかりで、これからが本格的な冬です。
しかし、他に花などひとつも咲いていないこの時期に、拙宅の庭に植えてあるロウバイが早くも花をつけてくれました。

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ロウバイというこの花、漢字では蝋梅と書きます。
花の形は似ていないのですが、梅の名があるので梅の仲間とばかり思い込んでいましたが、ロウバイ科という独立した種の植物であることを 最近知りました。
この黄色い花びらが、つややかで蝋細工のようであることから、「蝋梅」と呼ばれるようになったとか。
この花は香りもすばらしく、木の側を通るたびに漂うその香を楽しんでいる主人でございます。

春を告げる花は何かと聞かれれば、十人十色の答えになるでしょう。
ある人はウメと答えるかもしれませんし、サクラという方も多いと思います。
コブシとジンチョウゲをそれと挙げたのは、堀辰雄ではなかったか。。。

主人にとっての春告花は、長らくオオイヌノフグリという、日なたに群れて咲く小さく真っ青な花でした。しかし、ここ三重の地に来て、それはこのロウバイに替りました。
冬の寒さが最も厳しい時期に、他の草花にさきがけて鮮やかな色と芳わしい香りを届けてくれるこの花の姿は、未だ遠くではありますが、春の微かな足音を私に聞かせてくれるのです。

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2007年1月 4日 (木)

伊勢神宮 内宮 初詣

伊勢屋主人です。

お正月三が日も過ぎましたが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。
主人は、年末から年始にかけていつになくフットワークの軽い日々を過ごしております(笑)
まず、大晦日に伊勢神宮 外宮に大晦日参りに行きました。
そして、元旦は初日の出を久しぶりに拝みました。
さらに、正月三日の昨日は、伊勢神宮 内宮に初詣に行ってきました。
我ながら、なんて活動的なんだろう! (@_@)

実は、この数年初詣は行きませんでした。なにより混雑と渋滞が嫌いなために、この時期に伊勢に近づくのを避けていたのです (^^;;
でも、今年は家族が「行こう、行こう!」と誘ってくれたのと、「ブログネタになるなあ - 笑」との下心で、重い腰を上げたのです。
結果としては、やっぱり大変でした、この時期の有名神社仏閣に行くのは。。。

まずは、伊勢神宮 内宮に行くまでが、やっぱり大変!
普段は20分くらいで着くところが、1時間かかりました。
途中、渋滞で暇なものだから、並んでいる車のナンバープレートを確認 (^^)  意外に「三重ナンバー」が多いぞ。一番遠かったのは、「土浦ナンバー」でした。
今年の伊勢神宮 初詣の人出は、どうだったのでしょう。渋滞の中にいる分には、「やたら人が来ているなあ」と思うのですが。。。
正月の人出が、伊勢市にとっては重大事なのです。
お店や宿屋さんは売上げに、市は税収にこの人出の多寡がストレートに響いてくるのですから。
伊勢市民の誰もが、正月の天気に そして初詣客数に関心を寄せているのです。

さて、話題を戻して、と。
なんとか駐車場に入り、門前町(おはらい町といいます)を抜けていきます。ここも、まるでラッシュアワーのような人混みです。

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しかし正月に訪れると、あらためて 「おかげ横丁」を中心としたおはらい町というこの門前町の集客力の凄さには、驚いてしまいます。
さらに驚くのは、普段はこれほどではないにしろ、この門前町に人通りが絶えるということがないのです。
これには、「うむむ」とうなるほかはありません。

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やっと混みに混んだおはらい町を抜けて、伊勢神宮 内宮に到着しました。でも、ここは本当の入り口、神域に入る宇治橋のたもとです。
正確な距離はわかりませんが、普段はここから正殿まで15分くらいなので、およそ片道2キロほどなのでしょうか。この2キロが、本当に大変でした (-_-;;

宇治橋を渡ってしばらくは、楽でした。参道の幅も広いので、まあ普通に歩けました。しかし、正殿近くになると、もう大渋滞! ストップ アンド ゴーの繰り返し。
さらに、正殿に至る石段前は、こんな状態。もうひとの頭しか見えない (>_<)

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ここで、主人が身を以って会得しました「伊勢神宮 内宮初詣の術」を伝授いたしましょう (^^)

信仰心篤く、きちんと初詣をしたい方は、参拝の列の出来るだけ中央部にいましょう。
そうすれば、黙っていても自然と正殿の正面で参拝ができます。ただし、参拝を済ませるためには1時間半か2時間くらいの時間の余裕が必要です。

出来るだけ手っ取り早く参拝をしたい、かたちにはあまりこだわらないという方は、最初から最後まで右の端を歩いてください。
正殿前の石段は、ロープと警備員によって中央と左右に区切られていて、中央と左は停滞しているのですが、右は流れが早いのです。こちらの列ですと、正殿の裏を回って帰るので、流れが渋滞しないためです。
でも、こちらだと正殿の脇から参拝するかたちになり、やや有難みが薄いのも事実です。
そういう欠点はあるものの、もう一つ、右の列がお奨めな理由は、正殿の裏手をぐるっと回り、あまり見ることのない角度から正殿を見ることが出来るからです。
左の列は、参拝が終わった方とこれから参拝する方の列が交差するので、こちらも流れが悪いです。
しかも、こちらも脇から参拝するかたちになりますので、時間がかかる上に有難みが薄いという、あまりお奨めできないコースです。

こちらが、正殿裏手からの眺めです。ね、なかなかいい眺めでしょ?

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そして、こちらが次のご遷宮で新しい正殿が建てられる予定の場所です。
中央の小さな小屋は、心御柱(しんのみはしら)と呼ばれる 要は正殿の大黒柱が建てられる場所を、雨露から守っているものです。

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次のご遷宮まであと6年、今年も第二次お木曳きがあり、徐々に伊勢は遷宮に向けての機運が高まっていきます。

まあ、こうして何とか初詣は無事に済みました。
一度ははぐれた子どもたちも無事に落ち合えましたし、靴がひどく蹴られたり踏まれたりしてどろどろになった以外は、特に問題もなかったし(何か問題があったら、悲しい初詣になってしまいますし、一年のけちがついてしまいます)、まあよかった、よかった。

帰りも、また人並みでごったがえす門前町を通って車のところへ。
伊勢を語るときに、この店を抜きには語れない、伊勢名物 「赤福」本店前も通りました。
こちらもこのようにごった返していて、買うひとも売るひとも、双方ぴりぴりとしていて妙にテンション高かったです(笑)

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こうして、久しぶりに両宮参拝を終えたいま、今年は何かいい年になるのかな、というひそかな期待があります (^^)
だってねえ、外宮と内宮 両方にお参りしたのなんて、久しぶりなんですから。
しかも、初日の出まで拝んじゃったしね!

これで、今年の福運は決まりだい!!

あ、ご希望の方はどうぞ言ってください。伊勢之国より、福をおすそ分けいたしますので(爆!)

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2007年1月 2日 (火)

外宮さん 大晦日参り

伊勢屋主人です。

少し順序が前後してしまいますが、大晦日に伊勢神宮の外宮さんに夜参りに行ってまいりました。
本当は、元日に行きたいのですが、渋滞はするし参拝にも時間がかかるしと、面倒くさいことが嫌いな主人にとっては苦手なことが多いので。
それに、本来ならば外宮さんから内宮さんへと「両参り」するのが筋、というものなのですけれど、これも外宮さんのみならばスムースに終わるのですが、ここに内宮さんをもとなると、年越し参りでなくてもある程度の混雑を覚悟しなければならず、そんな覚悟も出来ない(笑)ので、片参りで勘弁願うこととしました。

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大晦日から元旦の朝にかけて、伊勢神宮(外宮・内宮ともに)では、参拝客に暖を取ってもらうために、このような大かがり火を焚きます。これは、直径30cm、高さ1m弱の杉やクスノキといった材木を円形に並べ、その間によく乾いた杉葉を入れてかがり火する、かなり大掛かりなものです。
着火は夜の6時くらいだそうですが、主人が参拝した9時頃には火の勢いも盛んになっていて、かがり火の正面を向いているのは、熱くてきびしいくらいの様子になっています。

ここで、かがり火に向けてみなさんが何かを差し出しているのが、この画像でわかるでしょうか?
これ、お餅を焼いているのです (^^)
毎年12月25日に、外宮さんでは餅つきを行います。そして、大晦日にお参りに来られる方に、ついたお餅をくださるのだそうです(私には、なぜかいただけませんでしたが - 悲)。
そして、このかがり火でそのお餅を焼いて食べる、というのが地元の伊勢っ子の大晦日の慣わしなのです。

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このお餅を焼く道具、基本形は長い棒のさきに網を取り付けたものですが、中には餅がこぼれ落ちないように 上下からぱたんと押さえるようになっているものもあります。
これ、どうやら伊勢市内の金物屋さんなどで売っているようです。需要には、ちゃんと供給があるのですね(笑)
もちろん、お手製の道具の方もいらっしゃいました。長い竹の先におたまをくくりつけただけ、というシンプルな構造のものが、主人は気に入りましたけど (^o^)

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参道のあちこちにある、このような小さめのかがり火でも、やはり展開されている「餅焼き大会」!
大かがり火では火の勢いがきついですが、こちらならお子様の安心して餅焼きを楽しめます。
この輪の中には、しっかりお醤油と小皿を持参している方もいらっしゃいました!

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こちらは、夜の外宮正殿です。
既に書きましたが、主人がお参りしたのは夜の9時頃なのですが、すでにこれくらいの人出がありました。初詣本番の11時から年明けの頃は、身動きできなくなるのでしょうね。
そういえば、NHKの「ゆく年くる年」のくる年側で、外宮さんの初詣を中継していましたが、やっぱり大変な人出でしたよ。
ところで、参拝客のみなさんは、年が変わるまで正殿の前でずーっと待っているのですね。まあ、初詣をしたいということですから、それも当然なのですが、そんな真面目な初詣をしたことのない主人は、「ああ、そうなのね」と思いました (^^;

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大晦日の午前中に主人が訪れた際にはビニールをかけられていたお木曳き車も、いまはその堂々とした姿を見せています。今年も、第二次お木曳きがありますので、伊勢の町はまた木遣唄やお木曳車の練り歩きで賑わうことでしょう。

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JR伊勢市駅前では、そのお木曳きの時に唄われる木遣唄を披露中です。
天照大神や素戔嗚尊(すさのおのみこと)を描いた絵の前で、良くとおる声で伝統の木遣唄を次々に聞かせてくれるので、こういうのが大好きな私はしばし聞き入っておりました。

なんとも風情のあるその唄声は、新年近しの感をひしひしと感じさせてくれましたよ。
いやいや、なかなか粋なことを伊勢っ子もやってくれますね (^^)
そんなこんなで、楽しい大晦日のお参りでした。

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2007年1月 1日 (月)

平成十九年の初日の出

あけましておめでとうございます。伊勢屋主人です。
本年も、昨年同様「e-伊勢屋」と「電網伊勢屋主人日記」にご贔屓賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。

さて、平成十九年を迎えた三重県は穏やかな日和となりました。
天気予報では「曇りのち晴れ」でしたが、朝起きて空を見ると、雲がありません。
「これは!」ということで、さっさと身支度をして家を飛び出した主人であります。
そう、目的は初日の出を拝むことです (^^)

拙宅より伊勢湾の海岸線までは、自動車で約10分ほど。すっと行けるのです。
近くの大淀(おいづ と地元では読みます)海岸では、「初日の出を拝む会」なるものが催されるとのことで、そこを目指します。

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主人が海岸に到着したとき、まだ海はこんな様子。
東の空がしらみ始めてはいましたが、日の出までにはあと20分ほど時間がありました。

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海岸では、3つの大きなかがり火が焚かれ、暖を取る方たちでいっぱい!
このかがり火、炎が3mくらいも上がる大きなもので、10mくらい離れていても暖かさを感じることができました。
正直、このかがり火がなかったら、今朝の寒さには耐えることができなかったと思うのです。なにせ、クルマに下りた霜のためにドアが凍りついて、すぐには開かなかったほどですから (>_<)

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お日さまが顔を出したのは、7時5分くらいだったでしょうか。志摩半島の向こうから、静かに初日が上り始めました。
少し雲がたなびいていましたが、その雲もお日さまを隠すほどには下がらず、綺麗な初日の出を拝むことができました。

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日の出は一年三百六十五日 毎日のことなのですが、元旦の日の出はなぜか荘厳な気持ちになります。
日本中の人々の「今年も良い年であれ」という願いが、この日の出にこもるからなのでしょうか。

主人も初日の出を拝みながら、心の中で「今年が、良い年になりますように」とつぶやいておりました。

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